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英単語は一文字で覚えよう!

イギリスの先住民族

イギリスにケルト人が来るまでは、この地にはイベリア人が住んでいました。
イベリア人はアフリカから地中海を渡り、スペインを経由してヨーロッパにやって来ました。紀元前2000年頃、ストーンヘンジなどの巨石文明がヨーロッパ各地に現れました。マルタ島の巨石遺跡もこの頃のものです。イベリア人について詳しいことは分かりませんが、バスク人が古代イベリア人の生き残りと言われています。


ケルトの世界

紀元前800年頃にケルト人がやって来て、その中でブリテン島に住み着いたのがブリトン人と呼ばれました。同じケルト人のピクト人は、ブリトン人の勢力に追われて山岳地帯に逃れました。ケルト語は印欧語族の仲間の中で、早期にヨーロッパに入りました。やがて、紀元前55年にローマのシーザーがブリテン島に侵攻し、ローマの属領になりました。ケルト語の都市名はLondon、York、Doverなどがあり、川の名前ではThames、Avonがあります。かつて、ドーバー海峡は陸続きで、大陸から海峡ができて分離した後も、ブリテン島に攻め込むのは容易であったといいます。


ローマの遠征

紀元43年にローマ皇帝クラウディウスは大軍をブリテン島に送り込み、徹底的に征服しました。ケルト人はローマの統治下で、その後400年ほど安定した生活を送ります。しかし、山岳地帯のピクト人はローマに激しく抵抗しました。英語はEnglishといいますが、これはアングル人の言葉という意味です。紀元前3000年頃に印欧語族の先祖は地球の寒冷化の影響で南下を始め、やがてイギリスまでやって来ました。その中で最初にイギリスに到達したのはケルト人でした。印欧祖語の中で、ケルト語とゲルマン語は早い段階で分かれて、さらにゲルマン語も幾つかに分かれました。英語は低地ゲルマン語の中のフリジア語に近く、フリジア地方(オランダ)の人々は今でも古英語を理解できるといいます。


ゲルマン侵入

4世紀の後半になるとローマが弱体化し、ゲルマン民族が移動を開始します。その頃、ブリテン島ではローマ軍が撤退し、ピクト人やスコット人(ケルト人の一種)がブリトン人を襲撃しました。追い詰められたブリトン人は、ゲルマン人を傭兵として迎えました。しかし、これが原因でゲルマン人の侵略が始まり、ブリテン島の南半分は、アングル、サクソン、ジュート人によって征服されてしまいます。これによって、ブリテン島の言語はケルト語からゲルマン語になります。ゲルマン語が起源の単語には、come、go、make、see、liveなどがあります。ゲルマン人の侵攻は449年で、450年から古英語が始まりました。ゲルマン人はケルト人を西に追いやり、彼らをwealas(外人)と呼ぶようになりました。これがwelsh(ウェールズ人)の語源になりました。ゲルマン人の言葉は英語の大和言葉とも呼ばれ、英語の基本的な重要単語の多くは、大陸からゲルマン人が持ち込んだのです。当初の古英語は印欧祖語の特徴を色濃く残し、格や性による語尾変化を持っていました。英語はフリジア語に近い言語ですが、これは、オランダのフリジア地方やフリジア諸島がブリテン島侵攻の前線基地だったためです。


キリスト教の伝来

597年、アウグスティヌスがブリテン島にやって来てキリスト教の布教活動を開始しました。その後、キリスト教は急速にブリテン島に広がり、これによってラテン語が流入し、識字率が高くなりました。


ヴァイキング襲来

793年にヴァイキングの襲撃が始まり、それはゲルマン人の制圧以上に激しいものとなりました。ノーサンブリアがデーン人(ヴァイキング)に支配されますが、878年にアルフレッド王がデーン人に勝利し、その後、国土の北部をデーン人が支配するという取り決めが出来て、一時的に平和な状態になりました。ヴァイキングの言語は北ゲルマン語の一種で、古英語に近いため、古英語が北欧の影響で大きく変化しました。北欧語が起源の単語にはget、give、takeなどがあります。アルフレッド王の死後、デーン人とサクソン人は平和的に共存し、互いの言語が似ていたため、細かい差異をなくして英語の単純化を進めました。この時点での英語の語彙数は5〜6万語くらいと言われています。


ノルマンの征服

1066年、フランスのノルマンディー公ウィリアムが王位を主張し、イングランドに侵攻しました。イングランドの諸侯は一掃され、ウィリアムはノルマン人の貴族を大勢迎えてイギリスを統治しました。これにより、支配階級では英語ではなくフランス語が話されるようになりました。しかし、支配されたアングロ・サクソン人はその後も英語を使い続け、一国二言語の状態が200年以上続きました。13世紀になると、支配階級でも英語が使われるようになり、やがて国王も英語を話すようになります。そして、14世紀末には英語が公式語になりました。フランス語起源の単語は政治関係、法律関係、軍事関係、通商関係、芸術、服装などに多く見られます。ノルマン人の侵攻と同じ頃、北からはノルウェー王が侵攻してきたため、イングランドはノルウェー王に勝つのが精一杯でした。支配階級がフランスのノルマン人になったため、14世紀までに大量のフランス語が流入してきました。近代的な社会制度の単語はこの時に入ってきたので、ノルマンの征服がなければ、英語は大人の言語にならなかったという説もあります。古英語から中英語に変わるのは約1150年ごろで、1131年から23年間イギリス国内が混乱し、その後、英語は著しく変化して文法的性がなくなり、綴りが単純になったと言います。英語の単純化が急激に進んだ理由は、一国二言語の状態で、英語を下層階級が使っていたため、自由に単純化が進みました。上流階級の人には、ゆりかごの言語は英語で、学校で習う言語がフランス語でした。英語とフランス語が共存したため、英語には沢山の同意語が生まれました。例えば、助けるのhelpは古英語で、aidはフランス語です。更に、フランス語にも少し違いがあり、ノルマンの征服から100年くらいはノルマンディー地方の方言が流入し、1150年ごろからパリ周辺のフランス語が多くなりました。そのため、フランス語にも同意語が発生しました。例えば、guarantyはノルマンディー方言で、warrantyはパリの方言です。フランス語の流入によって、英語の語彙は豊富になりましたが、逆に必要以上に複雑にもなりました。


教会とラテン語

キリスト教の伝来により、ラテン語がすでに入っていたため、フランス語と英語の仲立ちにラテン語が使われました。また、教会や学問の分野ではラテン語が公用語であったため、ラテン語の独自の地位はずっと続きました。その為、ゲルマン語、フランス語、ラテン語の影響で、同じような意味の単語が3つ存在することになりました。例えば、時を表す単語は、time(ゲルマン語)、age(フランス語)、epoch(ラテン語)などです。ラテン語の流入ルートは3つあり、第一に教会関係でラテン語が話されました。第二にフランス語にラテン語がすでに入っていました。第三に学問の発達により、直接ラテン語を読む人が増えました。これにより、ラテン語の4分の1が英語に流入しました。


ギリシャの影響

フランス語やラテン語にはすでにギリシャ語が入っていました。また、ラテン語と同じで、ギリシャの古典を直接研究する学者が現れました。ギリシャ語起源の単語には、center、character、comedy、hero、magic、mysteryなどがあります。ギリシャ語起源の単語は、日常的な親しみやすいものが多いのが特徴です。この頃の発音は綴りに忠実で、Heは”ヘー”と発音しました。古英語から中英語に変わる段階で、語順と語形が大きく進展し、現代と同じようなものになりました。


ルネッサンスとラテン

1485年、ヘンリー7世が即位し、イギリスは絶対王政の時代になり、王権が強くなります。首都ロンドンの方言が共通語になり、近代英語に変わりました。国家が安定し、学術研究が盛んになり、大陸から知識が入ってきますが、ちょうどその頃はルネッサンスの時代でした。書物を通して学術用語がラテン語から入り、教育書にラテン語を取り入れたものも出ました。1500年ごろから近代英語がスタートしました。


ルネッサンスとギリシャ

フランス語やラテン語を通して、たくさんのギリシャ語が流入し、古典研究によって直接ギリシャ語が入ってきました。また、ギリシャ語から科学技術の新語を作る習慣もあり、それは現代も続いています。


ルネッサンスとフランス

1550年から1600年ごろにフランス語の流入がピークに達しますが、この時期にフランス語の他にイタリア語、スペイン語、ポルトガル語も入りました。イギリスのルネッサンスは大陸より約200年も遅れていて、1500年から1650年がイギリスのルネッサンスでした。この時代にシェークスピアが登場し、新しい造語も生まれました。この頃の英語は造語能力と、外来語に対する寛大さがありました。イタリア語起源の単語には、concert、manage、traffic、modelなどがあります。スペイン語起源の単語にはparade、guitarなどがあります。ポルトガル語起源の単語にはbuffalo、messageなどがあります。英語の初心者が一番悩むのが、綴りと発音の違いですが、これは活版印刷の発明に関わりがあります。1445年にグーテンベルクの活版印刷が発明されると、それまで統一されていなかった単語の綴りが統一されて、固定していきました。しかし、そのころ大母音推移という英語の発音の大きな変化があり、発音が変化したのに綴りは固定されてしまいました。これが原因で、英語は綴りと発音が違うものになりました。また、語順についても中英語までは柔軟性がありましたが、しだいにSVOの語順が固定的になりました。助動詞のDOが発達して、疑問文や否定文でもSVOの語順を保つことが出来るようになります。18世紀以降、現在完了としてのhaveが完全に定着しました。進行形も18世紀以降に確立します。また、関係代名詞のwhichとwhoの使い分けが明確になりました。SVOの語順は中英語でも84%は使用されていましたが、古英語ではSOVが一般的で、日本語と同じような文法でした。SOVの文法は先祖伝来のものといえます。アルファベットが26文字に確定したのは19世紀になってからで、18世紀にはUとVの区別がはっきりしていませんでした。また、WもUを2つつなげて出来ました。英語はゲルマン語とラテン語から多くの単語を取り入れたため、ヨーロッパの人々にとって共通の語彙を持つ言語になりました。英語が世界共通語になった理由はこの辺にあるのではないでしょうか。



◎ 英語の分析 ◎

日常1000語
古英語 61.7%
フランス語 30.9%
7.4%


現代主要20,000語
古英語 26%
フランス語 20%
ラテン語 30%
ギリシャ語 20%
4%

日常会話では古英語が圧倒的に主流になります。これが英語がゲルマン語に属すると言われる最大の理由です。しかし、現代社会で主要な20,000語を見ると状況が一変し、古英語、フランス語、ラテン語、ギリシャ語がほぼ対等になります。国際社会での大人の会話をするためには、古英語以外も必要なようです。


アルファベットの意味

単語というと、普通は一つの言葉として考えますが、実は単語自体が熟語である場合があります。例えばoutcomeの場合はout(外に)とcome(来る)から、外に出てきたものとなり、結果という意味になります。更に単語を接頭辞と語根で起源を見ると全く違うところから来ていることもあります。例えばinvolveは、接頭辞のinは古英語で、語根のvolveはラテン語の起源です。このように様々な起源を持つ単語同士がくっついて様々な単語が生まれたのです。そして、その起源となった単語も、アルファベットがくっつくことによって生まれました。つまり、アルファベットのそれぞれの意味を知ることが、単語を理解する上で一番の近道なのです。アフファベットの意味など学校ではまず習わないと思いますが、アルファベットには一文字づつ意味があります。例えばAは一点の目的を表し、その目的が自分と距離がある状態を示します。目的と距離があるので、そこから広がりや空間、大きさなどの意味が出てきます。ちなみにOは目的そのものを意味し、距離が無い状態を表します。Bはものすごい爆発力で外にはじくという意味と、その結果衝突するという意味があります。その為、Bで始まる単語には打撃、衝突、破壊、爆発、膨張などの意味の単語が多いのです。また、衝突するという意味から、後退する、折れる、曲がる、なくなるなどの意味が出てきます。Cは集まる、くっつく、近づく、縮む、内に曲がる、群れをなすと言う意味があり、その結果、丸いもの、固まったもの、円、冷える、凍るという意味が出てきます。英語は原因と結果と力の方向で意味が決まります。例えば、coolのcは冷えることを表し、目的を示すoを2つ続けてooにすることで全体を表し、全体が涼しくなるという意味になります。trは時計の進行方向に、渡る、移る、回転する、という意味があります。ヨーロッパの街でよく見るtram(路面電車)も、tramのmは集まりや数を表すので、集団を渡すことから、路面電車の意味が出てきます。trainはinが中にを表すので、中に入れて運ぶという意味になります。travelはvelが円を表します。例えば、南フランスのプロバンス地方一円をあちこち渡るというイメージをすると、旅行をするという意味が出てきます。tripのiは離れるを表すので、離れて他のところに渡るとなり、旅行をするという意味になります。このように英単語は何万語も暗記するより、アルファベット26文字の意味を理解した方が早く覚えられます。学校ではこのような基本を教えずに、教育文法や応用ばかり教えますが、本来英語は親しみやすいものです。その証拠に、ヨーロッパに行けば子供でも英語を話しています。学校教育で英語の苦手意識を植え付けられた人はたくさんいると思いますが、ヨーロッパを旅行するのと同じように、英語の勉強も本来は楽しいものであることを忘れないで下さい。



♪♪ ちょっと一息 ♪♪

 beの語源であるesからは、amやisなどが生まれました。
isはesのeがiになったものです。
amはゲルマン語のesmiからsがなくなり、eがaに変わったものです。

誰も知らないイエスの秘密
yesもesから生まれた単語です。ゲルマン語のyea(いい)と、si(ある)がつながり、
”いいです”と言うような意味になりました。日本語の"ある"と"です"が分からない人も
いるかもしれませんので、一応説明しておきましょう。"です"という言葉はもともとは、
"ありま"が省略されて"です"になりました。"です"などという言葉は昔の日本語には
なかったもので、本来は"であります"や"でございます"が正しい日本語と言えます。
最後に存在を表す言葉を付けるのには理由があります。それは、この世で一番何かを
強調する手段を考えた場合、存在に勝るものはないからです。
この最後に存在を意味する言葉が来るのは、ありのままの自然の中で暮らしてきた
日本人の文化をよく表しています。
それとは対照的に英語はdoがよく出てきます。doとは"する"という意味で、
人為的な行為を意味しています。それは、自然を人工的に作り変えようとする文化を
よく表しているような気がします。
しかし、現代の日本人では、"であります"や"でございます"という言葉を普通に使う人は
めったに見かけません。"です"という言葉は確かにどの文章にも使えて便利なのですが、
"デス"とはまさに日本の文化が"死"に向かっている事を表しているような気がします。
現在、ヨーロッパでは大幅な二酸化炭素の削減に成功して、自然を大切にしています。
しかし、日本は京都会議の議長国にも関わらず、二酸化炭素の排出量を増やし続けています。
自然とともに暮らし、わびさびを大切にする日本の文化はもうなくなってしまったのでしょうか。

知られざるノーの構造
NOのNは、ゼロや無を表します。in、unなどの接頭辞が否定を表すのも、無という意味から来ています。
Oは目的そのものを表しますので、NOは目的とするものがないと言う意味が出てきます。

ブラック誕生秘話
blackのblは光の遮断を意味します。bははね除けるという意味で、l は線状のものを意味するので、
比喩的に光を表し、blで光をはね除けるという意味になります。
ackで何かの塊を表すので、blackで光を遮断する色の黒という意味が出てきます。
ちなみに、光が水によって遮断された色はblueです。



アルファベットの歴史
アルファベットの文字の歴史の解明にはユーロ・アイの英語研究班がかなりの苦労をしたようですが、正直、本当に英語学習に必要かは分かりません。ひとつの知識として、簡単に説明しておきますが、あまり興味のない方は飛ばして頂いて結構です。アルファベットの歴史は非常に古く、紀元前の古代エジプトまでさかのぼります。古代エジプトではヒエログリフという文字を使っていましたが、これはアルファベットのような表音文字や、漢字のような表語文字(そのものが意味をなす文字)や、日本語のサ(sa)の様な2音文字、ジャ(jya)の様な3音文字、そして音節文字など、今の日本語に近い複雑なものでした。では、ヒエログリフからどうしてアルファベットが発生したのでしょうか。その答えは紀元前20世紀ごろのエジプトにあります。現在確認されている最古のアルファベットは、1997年に発見された、ワディ・エル・ホル碑文です。ワディ・エル・ホルとは、エジプト南部のルクソールの北西にある谷の名前です。その谷の大きな岩に碑文がきざまれていました。かつて、この地域にはエジプト軍の前線基地があり、そこには多くのアジア人の傭兵がいました。当時のエジプト人にとってのアジア人とは、シナイ半島から東に住む全ての民族のことを言いました。当時のアジア人は無文字文明で、伝承なども全て口伝によるものでした。文字がないため、自分の名前をエジプトで記録する方法がありませんでした。そこで考え出されたのが、ヒエログリフの中の表音文字を使って、自分の名前に当て字をする方法です。こうして、自分の名前をエジプト人に申告するために、アルファベットの原型が発生しました。紀元前20世紀ごろにワディ・エル・ホル碑文に見られるアルファベットの原型となる表音文字がヒエログリフから作られ、やがて紀元前16世紀ごろには原カナン文字(原シナイ文字)に発展します。この原カナン文字をつくったのが後にフェニキア人と呼ばれ、やがてベネチアに海洋王国を築いたカナン人です。一言でカナン人と言っても、その歴史は複雑で、単一の民族と言えるのかは分かりませんが、紀元前20世紀ごろのエジプトとはかなり深い関わりがあります。紀元前20世紀ごろからカナン人と呼ばれる人々が住みつき始めた様です。この地域の人種の発祥については様々な説があり、まだ解明されていません。紀元前20世紀ごろのエジプトの覇権とカナン人の自治は、アモリ人やヒッタイト人、フルリ人等の民族的に多様な侵略者により絶えず脅かされていました。しかし、これらの侵略者はやがてエジプト人に敗北し、カナン人に吸収されました。そのため、当時のカナン人の人口はおよそ20万人になったといいます。 ちなみに、カナン人とは、伝説ではノアの孫カナンから生じた民族です。創世記では、長男シドン、ヘト、エブス人、アモリ人、ギルガシ人、ヒビ人、アキル人、シニ人、アルワド人、ツェマリ人、ハマト人の11の氏族を総称して「カナン人の諸氏族」と呼んでいます。ヒッタイトは、インド・ヨーロッパ語族のヒッタイト語を話しアナトリア半島に王国を築いた民族です。ハッティの英語名で、旧約聖書のHitti(ヘテ人、ヘト人)をもとにして、イギリスのA.H.セイスが命名しました。やがて、ヘブライ人がパレスチナにいたカナン人を服従させるようになります。この一部がエジプトに移住し、エジプトでは事実上奴隷のような地位にいました。紀元前15世紀ごろ、カナン人たちはエジプトの捕虜になってしまいました。そのときカナン人は、自分たちの神であるバール神が、いつか自分たちを救ってくれることを信じて、エジプトの神であるハトルやブハタの小像に自分たちの神の名を刻んで、これを自分たちの守護神に変身させようとしました。しかし、当時のカナン人には文字がありませんでした。そこで彼らは、エジプトの文字であるヒエログリフを拝借することにしました。まず最初に借りたのは「家」を意味するヒエログリフです。当時カナン人の使っていたセム語で「家」は「ベト(BETO)」といいました。そこで彼らはこれを「B」の音を表す文字として使います。次に拝借したのは「牛」を意味するヒエログリフでした。セム語で牡牛は「アリフ(ALIF)」です。それでカナン人はこの牛のヒエログリフを「A」の音を表す文字として使いました。このようにして、カナン人作のアルファベットは出来ていきました。紀元前14世紀ごろエジプトの力が弱まり始め、新たな侵略者が現れた。メソポタミアから来たセム族の部族、ヘブライ人と、インド・ヨーロッパ語族の血統のエーゲ海の民族 、ぺリシテ人(後にパレスチナの名称の由来となる)などです。ちなみに、セム語のなかに中央セム語という分類があり、そのなかにカナン語とアラム語アラビア語があります。ヘブライ語の文字は、ロ−マ字の文字と同様に、それぞれ音を持っている表音文字です。ヘブライ語の文字は、この表音文字が3つ並ぶと、ある意味を持つようになり、このような子音3つの組み合わせを語根と言います。 原シナイ文字は、カナン (パレスチナ) とシナイ半島で見つかった落書きで知られ、なかでも有名なのがシナイのサラービート・ル・ハーディムという名のトルコ石採掘坑区域で見つかったものです。こういった採掘坑では、西南アジアから連れてこられた捕虜が作業に従事し、彼らはフェニキア語やヘブライ語の祖にあたる西セム語 (カナン語など) を話していました。サラービート・ル・ハーディムの碑文はハトホルの神殿から見つかっているため、奉納文と見られます。バアラト (女神) はハトホルの称号で、セム系の神の称号であるバアル (主、神) の女性形です。ヘブライ語はカナン人から学んだものと言われます。モーセに引き連れられてエジプトを脱出するのが紀元前1290年ごろで、紀元前1020年ごろには王国をつくりあげるようになり、ここで初めて民族の統一がなされます。これ以前をヘブライ人と呼びます。つまり、カナンはユダヤ人の始祖アブラハムが神から授けられた土地で、一度、その土地を喪失してエジプト王国の奴隷となりますが、再びカナンへと戻ったのです。ちなみに、現在のパレスチナ紛争の最も原初的な理由は、ユダヤ人が神との約束によって得たパレスチナの土地の所有権を排他的に一方的に主張し、パレスチナ人はそれを認めず一方的に居住権を求めているところにあると見ました。少し話しが横道にそれますが、日本語に時々見え隠れするヘブライ語はアルファベット22文字に由来しているといいます。日本語の五十音のトップが「ア」から始まるのは、原カナン文字が起源のサンスクリットを参考にしたからと言われています。 これを日本に持ち込んだのが、真言密教で有名な弘法大師、空海です。「アカサタナハマヤラワ」と言う時、音の発生場所が喉の奥から手前に来るようになっています。五十音表は、当時の最先端技術を結集して理論的に開発されました。しかし、この外国から来た五十音は日本古来の発音とは違う部分があります。また、日本には古来から続く言霊の伝統があります。そこで、日本古来の文化を守るため、空海の前に立ちはだかったのが、西寺の守敏僧都と言われています。当時、有名人となり、天皇まで見方に付けていた空海に対抗するため、空海の五十音を日本バージョンのいろは歌に変えて、いろは歌をひそかに庶民にはやらせ、空海の計画を影から阻止したと言われています。空海がチベット密教に何を見て、守敏僧都が何を守ろうとしたのかは分かりませんが、二人の壮絶な戦いが光と影となり、離れられない絆となって、今の日本の五十音が存在しているのです。つまり、世界は広く、言葉を追求するにもいろいろな方法があり、単純に力だけではないと言うことです。話が大分横道にそれましたが、Aと言う文字は牛を意味するヒエログリフの文字から来ています。そして、アルファベットのAの意味は、一点の目的を表し、その目的が自分と距離がある状態を示します。ここで、昔の人は牛が何かの目的だったのかと思う人もいるかもしれませんが、次に来るBの文字は家を表す文字から来ています。しかし、そのBの意味はと言うと、ものすごい爆発力で外にはじくという意味と、その結果衝突する、後退する、折れる、曲がる、なくなるなどの意味があります。ここで、皆さんは何かおかしな事に気づくのではないでしょうか。そうです。家が爆発したり曲がったり、なくなったりしたら大変なことになります。つまり、文字の意味と、その発音の意味が合ってないのです。もともと、カナン語はセム語族で、英語はゲルマン語族です。しかし、アルファベットはエジプトのヒエログリフが起源です。つまり、発音の歴史と文字の歴史は全く別物なのです。これが、冒頭でも説明した、アルファベットの文字の歴史が英語学習に役立つか分からないと言った理由です。例えば、ヨロシクという言葉に、誰かが夜露死苦と当て字をして、何も知らない人が夜って何だろうと悩んでいるのと一緒なのです。ただし、全ての文字が発音と違っている訳ではありません。例えば、Sの文字はカナン人が考えた文字で、その意味は二つそろった前歯です。そこから、二つそろった目の意味になり、上から下へ水が流れる、二つそろったもの、太陽と月などの意味が出てきました。しかし、英語はもともと印欧祖語から発生し、無文字文明の人たちが使っていた言語なのですから、アルファベットの文字の歴史よりは、その発音の意味を覚えた方がいいのではないかと思います。



オー、まるで太陽
Oの文字は目を表す文字から出来ました。Oは目的そのものを表します。Aも目的を意味するのですが、Aの場合は目的と距離がある状態を表すので、目的との間にある空間もAで表します。ここで、目的という言葉もあるのだからOの意味は目なのかと思う人もいるかもしれませんが、Oの発音の意味は、別に目だけではありません。Oの発音のもともとの意味は、丸いもの、形あるもの、全体、一つのものです。つまり丸いものという意味から、ヒエログリフの目を表すOの文字が使われるようになったのです。丸いもの、一つのものという意味では、目よりも太陽の方がイメージとして合っていると思います。Oの発音は、口を縦に開けて唇をまるくとがらせてオーと発音します。Oは目的とするもの自体や今いるところを意味しますが、00と二つ続けると、全体や目の意味が出てきます。lookもlが線状のものを表し、ooが目を意味するので、looで視線の意味が出てきます。
onのoも目的とするものを表し、nがくっつくという意味なので、onで目的とするものがくっつく状態を意味します。
ofはfが離れると言う意味なので、本来は目的とするものが離れると言う意味ですが、現在はくっついて離れないと言う意味に使われています。
outは、ouで目的とするものが周りにはみ出す状態で、tが存在を表すので、outで外にと言う意味が出てきます。



星に願いを
star(星)とstare(凝視)の単語が似ているのには訳があります。stは立つ、建つ、上に向かう、存在、じっとしていると言う意味があります。aは目的を意味し、rが渡る、移動すると言う意味なので、arで弧を描いて移動すると言う意味が出てきますが、弧は天球も表します。stでじっとしている状態を表し、arが天球なので、stareでじっとして天体を見つめることから凝視の意味になり、starは星を意味するようになりました。



水のホワイト
whiteのwhは水の色を表します。何色にも染まってないことから純白の意味になりました。ちなみに、what、why、whenなどもwhが付きますが、これは、何色にも染まってないから、その答えを求めようとして生まれた単語です。whには無色、透明、純白などのイメージがあるのです。



心にビタミン
vitaminのvは力や運ぶと言う意味で、itはぴったりと合わせると言う意味です。vitで活力や力を合わせると言う意味になります。minは心を意味するので、vitaminで心に活力となり、ビタミンの意味になります。昔の人に比べると、現代人はビタミンが不足していると言われますが、心が足りないという意味では今の社会をよく表しているような気がします。肉や油モノの料理や甘いものばかりではなく、野菜もしっかり食べましょう。



ake特集
akeには目的とするものを加える、加わるという意味があります。
代表的な単語として、take、make、lake、wake、shake があります。
takeは存在するものを動かして加える、加わるという意味で、さらに心で受け止めるという意味も出てきます。
makeは何も無い状態から加えると言う意味で、その結果、作ると言う意味が出てきます。
lakeはlが水を表すので、水が溜まったところとなり、湖の意味になります。
wakeはwが両目を表し、waで目を開けるという意味になり、wakeで目を開けた状態を加えると言う意味になるので、目が覚めるという意味が出てきます。
shakeのshは圧力を表すので、shakeで圧力を加えると言う意味になり、その結果、揺すると言う意味が出てきます。



ea特集
eaには導く、一体化する、広げると言う意味があり、さらに口を広げると言う意味が出てきます。
代表的な単語として、speak(話す)、eat(食べる)、read(読む)、lead(導く)、stream(水の流れ)、sea(海)などがあります。基本的には川の水が海に流れるようなイメージです。
ちなみにbreadも、bが膨らますで、rが火で焼く、eaが口を広げて食べる、dが固まったもので、パンの意味になります。



世界は丸い
woには丸くなったと言う意味があります。例えば木材はwoodと言いますし、worldもwoから始まります。
また、女性はwomanですが、woは丸くなったを表すので、子宮という意味が出てきます。womanとは子宮を持った人と言う意味です。



artは奥が深い
artのarは弧や円を表しますが、昔の人にとって、ものを曲げて何かを作ることは難しく、技術を必要としたため、技巧や芸術の象徴でもありました。aは何かの目的を表し、rは弧や円を表すのですが、ではrはなぜ弧や円を表すのでしょうか。rとは、もともと太陽が時計の針の進行方向に動くという意味で、そこから、回転する、連続して進む、太陽が昇る、渡る、上、円、弧などの意味になり、さらに、太陽が昇りきった状態から、最高、栄誉、赤色、円熟、熟す、などの意味が生まれ、日が廻るということから、元の位置に戻る、繰り返す、再度やり直す、革命、全体に行き渡らせる、などの意味になりました。その結果として、変える、変化する、正しい方向、力を使う方向、物事の儀式、順序通りに動く、上に向かう、火が燃える、成長する方向、果物が円熟する、包む、手を握る、握りつぶす、縮む、太陽が傾斜する、下に沈む、雷が落ちる、雨が落ちる、水が落ちる、気温が下がる、凍る、小さくなる、曲げる、くねらす、折る、ゆする、などの意味になりました。たった3文字のartですが、rが理解できて初めてその意味と出会えるのです。Oh! Met Art.



シャレにもならない、舌足らずさんのtongueとタンゴ
言語を表す単語にはかなり多くtが使われています。tは、存在や高いもの、てっぺん、一番先、かかげる、立つ、建てる、ぴんと張る、張り詰める、言語、などの意味があり、また、時、太陽の動き、光、音、舌、姿、形の意味もあります。その結果として、立っている人、意図すること、倒れないように支える、耐えるなどの意味が出てきました。timeもtがじっと立っていることで、iが区切りを意味するので、一箇所にじっと立っていると私の周りで影が時を刻むという意味になります。tがなぜ舌の意味になるのか疑問に思う人もいると思いますが、これはtの発音に理由があります。tは舌の先を前歯のうしろの付け根にピンと張ってtと発音するので、その発音するときの舌の先から、てっぺん、一番先、張り詰める、と言う意味で、tが舌の意味で使われるようになったのです。言語を話すためには舌の動きが重要なため、言語を表す単語にもtが多く使われるようになたのです。